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2012年11月 9日 (金)

■悲しみの連続・・・

9月2日の朝の事。

トイレに出したカルノが元気がありませんでした。ゆるりと動く・・・なんだか歯ぐきや目の下が白い・・ちょっと気になるお腹。「貧血してる?腹水?」そんな事がよぎった。

日曜日だったので、もう少し様子をみておかしかったらすぐ電話しようと思っていたら、お昼頃には元気になった。

普通に歩いてるし。

でも何かがおかしい。気を付けてみてようと思った2日後。血尿。しかも、ほとんど血だよ!ってほど。びっくりして病院へ。

検査結果・・・脾臓の血管腫。

脾臓がテニスボールほどに膨れ上がってました。全部豆腐のように柔らかい血管腫瘍。だから、ほんの小さな衝撃でも破裂して出血を起こすそうです。

日曜日の朝は間違いなく破裂して出血・・そして貧血を起こしていたと思われす。実際、腹腔内には血がたまっていた。

腹腔内の出血はそのまま自然に吸収されるので、そのままに。問題は腫瘍が破裂したことでたぶん、ほかの臓器に転移した可能性が高いこと。

そして、この病気は手術しても予後不良が高いということ。

発見するの遅れることが多いし、まして、元気だったのに突然出血死(破裂して)してその時初めて病気だったと知ることもあるくらい多いらしい。

日曜日・・もしかしたらそのまま天国に行ったかもしれない。そうしたら、やっぱり病気だったなんて思わなかったかもしれない。

そのくらい普通の老犬だった。

お薬をもらって、、先生には病気の説明ももらった、覚悟もできた。

手術はしいない、カルノは傷がふさがりにくし体質だし、してもしなくてもそう変わらないならしない。

余命は1か月。

だけど、それすらもわからない。出血性ショック死の可能性はいつでもある。

薬のおかげで体調は良くなったようだけど、少しのショックも防ぐため、トイレだしは1頭でのんびりするようにした。

そして、13日の朝、突然左前脚に麻痺が来た。そして、倒れこんでうつろになった失禁までした。そのまま死を覚悟してずっと見守ってるしかなく。倒れたまま数時間(?よく覚えていない)

復活?頭を上げ、少し生気が戻ってきた。そのまま2人でなんとか茶の間へ移動。14日の朝には左前脚を引きずったままだけど、動くようになった。

14日は大会前の防衛のレッスンがあり、どうしても出なければ・・・。

家を出て帰るたびに、「もしかしたら・・・」と。14日は埼玉から豊田さんが来た。

その夜から、カルノはまた元気になってきた。伏せたままだけど、オモチャで遊んでもらってご機嫌な様子。

15日・16日とアジリティー大会。

16日の朝は、茶の間から私が起きたのを見計らって、横で寝てる豊田さんを踏みつけてベッドに上がってあいさつに来た。

すごい!元気だ~と笑いながら挨拶。

それが最後になりました。

大会から帰ると、もう天国に行ってしまった後だった。

なんでも、お留守番が来た時には、すでに元気がなかったらしい。それでもお外にトイレに行き。10時ごろには旅立ったとか。

苦しんだ様子はなかったみたい・・・。

覚悟はしていたけど、まさか、最後があんなに元気な姿だなんて思いもしなかった。

良い子です。

Cal2012_2

そして、10月21日

それは、仙台へ遠征中・・・。

なんと猫のサクラが亡くなった・・・と電話が来た。信じられない。なんで??確かに14歳くらいにはなっていたけど。

具合悪いなんて、思ってもなかった。思い起こせば、遠征に出る数日前「?なんで機嫌悪いの?」って感じ。

1週間前なんて、タンザと私の横をベットの上で争奪戦をしていたくらい、普通だった。

具合が悪くなって、病院に運んでくれた母の腕の中で天国に向かったらしい。

Sakkun

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■うちのWAN`s(時々、動画有)」カテゴリの記事

コメント

なんか,ナナの家族が亡くなったようで,すごく寂しいです。
5月に伺った時はすごく元気だったのを昨日のように覚えてます。

心よりご冥福をお祈りいたします。(合掌)

投稿: ナナ父 | 2012年11月25日 (日) 14時01分

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